人気ブログランキング | 話題のタグを見る

旧ありけん日記


2005年〜2022年5月まで、有田健太郎の日記、エッセイ、フォトギャラリーです
by KeN-ArItA

角を曲がってバスが来る(エピソード2)

バスはなかなかやってこなかった。
腕時計を見てため息一つ、石段に座り込む。
そうすると世界はまた少し違って見えた。
携帯電話なんてまだ普及しきっていない時代。
腕時計を腕につけるのが嫌いだった僕は、再びそれをバックのチャックにしまった。

交通量が少ないとはいえ、ここは国道4号線。
通り過ぎる車の音というのは意外に大きいもので、遅い午前、目の前をシャー、ゴーと無関心に行き交っていて。
向かい側、再びやって来た市内方面のバスは、人をさらって右へとやがて小さく消えていった。

はぁ

道路が空いていて、時刻より先に行ってしまったのかな。
赤松林の向こう、岩手の名峰『早池峰山』の緩やかな山肌がきれいなラインを描いていた。


〜角を曲がってバスが来る〜『北国、中島みゆき号』


19歳の夏頃だったと思う。
学生だったありけんは、バスにて通学をしていた。

岩手県では、どの地域でもよく見かける路線タイプのバスも走っていたが、自分が利用するバスは、遠足や修学旅行などで使われる観光用タイプを路線にしたもので、出入り口が一つしかないやつだった。
オレンジ色の大型バスは相当古かったが、シートはゆったりしていて、網棚、お茶受け、灰皿やカーテン、テレビなども付いていて僕は好きだった(もっとも、禁煙で、テレビも映ったのを見たことはなかった)。

1時間に1本といったバスはよく遅れてきた。
ひどい時は、珍しく定刻にやってきたバスが、実は一本前のバスだったこともあった。
なにより驚いたのは、地域がそれを当然としていることだった。
山村では時間の単位の幅が大きいのである。


そんなバスを利用していた僕だが、その日待っていたのはいつもの学校行きバスではなくて、『プータロ村行き』というバスだった。

意味が分からない。
ごくたまに幻のように見かける『プータロ村行き』バス。
目撃情報からしても、それは1日ごくわずかな運行本数だったと思われる。

インスピレーション。
僕の頭に浮かんだプータロ村は、かなり悲惨な村だった。
僕はその場所がいったい何なのかを確かめるために、その日そのバスを待っていたのだ。

やっとやって来たプータロ村行きバスは、何の悪気もなくドアを開けて僕を乗せた。
さすがは車社会地域、どれだけ遅れても乗客はわずかである。

やがて、いつも曲がる交差点を曲がらずに進み始めると車窓は新鮮となり、ワクワクしてきた。

いったいなんなんだ。
プータロ村って。


乗ったときからなんだか少し雰囲気が違うなと思っていたのだが、ようやく原因に気がついた。
ずっと音楽が流れているのである。
しかも、『中島みゆき』ばかりが流れている。

いつもは当然、無音なバスなのに。
まったく、運転手のヤツ、ラジオをつけてやがる。

きっとラジオで中島みゆき特集でもやっているのだろうと思っていたのだが、あるとき曲中で音が途絶え、少しの間の後、再び曲の途中から続きが始まった。

オートリバースだ。

なんてこった、運転手のやつ、中島みゆきのカセットテープを流してやがった。
マイカー気分だよ。

しかも他の客も別に普通顔で、違和感のない、むしろ大地に似つかわしい雰囲気になっているのだ。
もう、笑ってしまう。

中島みゆきさんは好きで、尊敬もしているが、当時はロックミュージックの方がよかった自分はヘッドフォンのボリュームを上げた。

岩手の車窓は地味な宝石。
シートを倒し、窓にへばりついたままの僕。
お茶受けには、ジョージアのロング缶。

正午を回った大自然、彼方まで続きそうな真っすぐ道をオレンジバス『中島みゆき号』がゆく。
プータロ村に向かって。


岩手山の山麓、八幡平(はちまんたい)という大高原。
確かその入り口近くだった。

だだーん。

好奇心旺盛の青年ありけんは、ついにプータロ村の入り口に立った。

しかし、なんというか、閉園していた。
なんてこった、千数百円もかけて来たというのに。

プータロ村とは、自然に即した小さなレジャー施設だった。
想像していた、仕事もバイトも何もしてない若者達の吹き溜まり場ではなくてよかったと思った。

というか、閉園しているなら何かしらバスに表示しておけよ。
『プータロ村(本日やってません)行き』とか。

僕はせっかく来たので、閉まっている大きな水色の門脇をよじ上って侵入した。

園内に入ると、川の水を引いて作った雰囲気のよい釣り堀があって、たくさんのニジマスやイワナがキラキラと翻(ひるがえ)った。
しかし、その中に気色の悪い1メートル近くあるサメが泳いでいたので驚いた。
なんでこんな山中にサメがいるんだ、どう見てもサメじゃないか。
驚いた。

辺りを見回し、なんだか怖くなった僕はプータロ村を後にした。


『岩手山麓の清流で、でっかいサメが泳いでいた』
その後、仲間にそう話してもだれも信じてくれなかった。
そのうち自分自身も話しながら、あれは幻だったのかなぁと思うようになった。

後に、そのサメは幻でなく『チョウザメ』だったということがわかった。
岩手では実験的にチョウザメ(ロシアの川などに生息する軟骨魚で、その卵はキャビアとして名高い)を飼育しているということだった。

また行く機会があったら、たくさんのキャビアを持って帰ってこよう。


あれ以来僕は『中島みゆき号』に乗り合わせたことはない。
また、お気に入りのテープを流している路線バスに乗り合わせたこともない。


白いガードレールがどこまでも続く、真っすぐな夏道。
岩手山麓の緑大地をオレンジ風になって駆け抜けるバスからは、素敵なミュージック。

今でもきっと走ってろ。





次回は『臨時停車、ぼくんち前』です



角を曲がってバスが来る(エピソード2)_e0071652_0253715.jpg
【中野区、新井薬師前にて】
先日、中野の新井薬師寺に寄った。
午後の日射しはもうきついのだけど、風はまだ気持いい。
よいベンチでよい時間を過ごした。


角を曲がってバスが来る(エピソード2)_e0071652_0304855.jpg
【気持は分かります】
寺番じいさん一休み。
by KeN-ArItA | 2009-06-29 07:36
<< フォトギャラリー ♯12 『空... 角を曲がってバスが来る(エピソ... >>


twitter
以前の記事
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
記事ランキング
画像一覧