「そうだ!チコを救助犬にしよう」つよしが言った。
夏休みも終わり頃、セミの元気さは暑苦しさを倍増させ、時はさらに長く感じられた。
つよしは、テレビで救助犬という存在を知ったらしい。
何か面白いことはないかと暇を持て余していた少年達にとって救助犬という言葉は新鮮に響いた。
チコとは、つよしの家の庭で飼われ始めたまだ小さな雑種犬。
リードを付け替えられたチコは、この後まさかとんでもない特訓が待っていようとも知らずに、パタパタと嬉しそうにしっぽを振った。
お手、おかわり、野原ダッシュ、ボール拾い、特訓は楽しく続けられた。
「そうだ、泳ぎの特訓もしよう!」
僕らは、溺れている人をばしゃばしゃと助けにゆくチコを思い浮かべた。
裏山の小さな池は深い緑色をしていて、取り囲む山々を静かに映していた。
バシャーン!
まだ小さなチコは、突然池に投げられた。
僕らはドキドキしていた。
チコは突然池に水の中に落ちた人のような顔をして少しもがいたが、だけどしっかり泳いで戻ってきた。
「おおーー」
僕らは誰にも教わったこともないのに泳げるチコに感心し、歓声をあげた。
しかし、嫌がるチコを抱き上げ第2投目にかかった時、バランスを崩した僕はチコと一緒に池に落ちてしまったのだ。
池はすり鉢状ですぐに深く、足は届かなかった。
きっと僕は、突然池に投げられた犬のような顔をしていたに違いない。
表面は暖かいのに足の辺りはひんやりしていて、カッパの話を思い出して怖くなった。
さっそく実戦に直面した救助犬チコはというと、こちらを見向きもせずあっという間に岸に上がってしまってブルブルと水を跳ねている。
つよしの差し出す棒切れに掴まり、ようやく僕は救助された。
こりゃ…、チコもたまらんな。そう思った。
危うく救助犬として育てられかけたありがた迷惑なチコ。
それ以降喜んで散歩に出かけても、池の階段を上ろうとすると足を突っぱねて顔をパグのようにして断固拒否した。
たまに帰る実家の曲がり角。
つよしはもう引っ越して知らない人が住んでいるのだけど、覗き込むと犬小屋の回りに集まって何して遊ぼうか考えている小さな子ども達が浮かんでくる。
【水辺へ行こう】
【昔から身近な存在】
【子ども達の跡】
【去年と同じ場所】
【初夏、見上げて】