旧ありけん日記 |
明るい場所はあまり好きじゃない、どちらかというと暗くて狭い場所の方がよいのだ。
それなのに彼らが出会ったのは、貯金箱として窓辺に置かれたガラスビンの中だった。 平成元年製の100円は、裏に傷の入った52年製100円の話が好きだった。 自販機の下で2年間過ごした時の話。 500円玉と派手に喧嘩した時の話。 券売機の集金時に、仲間たちといっせいに転がり逃げた時の話。 中でも、背中の桜模様につけられた傷の話は何度聞いてもドキドキした。 52年製傷硬貨は、それらを面白おかしく元年硬貨に話すのだった。 ある日、窓辺のカーテンが開けられた。 「眩しい!」 「なにすんだばかやろう!!」 硬貨たちはそれぞれに叫んだが、光の中でいっぱいに咲き揺れている桜の木を見て黙ってしまった。 自分の背中に刻まれているサクラ模様。 『元年』と『52傷』は、そのモデルとなった本物の桜のきれいさに見とれた。 やがて満開となり、春風とともに舞い上がり。 新芽の緑が茶菓子の様に溶け入りはじめ、最後のひとひらが散り終えるまで、彼らは桜について語り合った。 地球がぐんぐん廻れば、時も流れる。 遠い国まで旅したこともあった。 溝の穴に落ちてネズミと世論を語り合ったこともあった。 初めてのお使いに駆け出す子どもにぎゅっと握りしめられたこともあった。 同時に時代は変わろうとしていた。 交通機関ではICカードが導入され、買い物でも電子マネーやクレジットカードが活躍し始め、硬貨が活躍できる場は少なくなってきていた。 その日、『元年』は銀行の硬貨の山の中にいた。 以前は、銀行といえばそれは日々が盛大なお祭り騒ぎだった。 みんなで歌っては踊り、この星数のような流通硬貨の世界で再会を果たし喜び合うものもいた。 しかし最近では、古かったり傷のある硬貨は間引かれて鋳造所へ送られるとの噂もあり、昭和生まれの硬貨などはみな年号が見えぬよう背中を向けてじっとしていた。 コインカウンターが回り始めようとした時、人間の指が1枚の100円硬貨をつまみ上げた。 「離せ!離しやがれー!!」 聞き覚えのある声と傷の背中を見て、その100円硬貨があの時の『52傷』だと知った。 『元年』は叫んだ。 しかし、回り始めたコインカウンターの唸りはその声を遮り、硬貨の山をグズグズと壊し始めたのだ。 仲間に揉まれながらも『元年』は叫んだ。 『52傷』は観念したのか、へへへっと笑っているようだった。 それから間もなくして人間の指が『52傷』を離した。 いや、離したというより驚いて落としてしまったと言った方がよいだろう。 コインカウンターが突然止まってしまったからだ。 チリンと音を立てて落ちた『52傷』は、その隙に仲間の中へまぎれて難を逃れたのだ。 この日のことを大得意になって話す『52傷』の姿が未来に浮かぶような逃走劇だった。 翌日、修理されたコインカウンターの脇に、傷だらけになって折れ曲がっている平成元年製の100円硬貨が置かれていた。 硬貨たちはどちらかというと明るいところは好きではない。 ある日、居心地のよいコインケースの中で小銭たちは大いに笑っていた。 その中心で得意になって話しているのは、そう、『52傷』だった。 人間が自動販売機の前で止まった。 「よっし!おれの出番だな。 そいじゃみんな!元気でなぁー!」 まぶい光が差し込み、『52傷』はつまみあげられた。 「まったく、さっさと投入すればいいものを、人間め、何を買おうか迷ってやがるな」 「まったく眩しい、、さっさと決めやがれー!」 目が慣れてきた『52傷』は、辺りを見て声を漏らした。 そこは舞い散る春の桜道だった。 時折背中を押すように、波のように吹きつける春風のように、記憶がちかちかと輝いた。 遠い昔、そういえば、、 あいつは元気にしてるかな。 深く息を吸い込んだ。 そしてキラリと反射して勢いよく自販機の中へ転がり込んでいった。 ![]()
by KeN-ArItA
| 2012-02-24 21:55
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