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旧ありけん日記


2005年〜2022年5月まで、有田健太郎の日記、エッセイ、フォトギャラリーです
by KeN-ArItA

台風課ラプソディー

 なんで今回もおれなんだよ、、。
気象庁の小さな一室、台風課のデスクで頭を抱えているタケシがいた。

 夏から晩秋にかけて設置される気象庁の『台風課』は、4人で構成されていた。
メインとなる仕事は、台風発生後の進路予想や警報発令などである。
台風発生のない時は『お天気棒』や『低気圧シール』などグッズの制作をさせられていた。
なぜ上層部はそれほど大切な決定権をこの4人に託したのか、それは公にされていない。

 台風課の連中は自信過剰なベテランばかりだが、予想が外れた時の損害、クレーム処理の壮絶さも痛い程に知っていた。
いつしか、台風が発生したらじゃんけんでその台風の担当を決めるというルールーができていた。
したがって超大型台風発生時などは、そうとう緊迫したじゃんけん大会となる。
いつもは普通のじゃんけんも、この時ばかりは「最初はぐー」という提案が自然発生した。

 緊張が極度に達するとチョキを出す確立が異様に高くなるタケシの性格は、メンバーも見抜き始めていた。
しかし、悲しいことに若年のタケシはそれに気づいていなかった。
今回の超大型台風の担当がタケシになったのも、実は不思議なことではなかった。


 全指揮権を持たされたタケシは先輩達に指示を始めた。

 山さん!今すぐ過去50年のデータから進路を洗ってください。

 まかせとけ!でも責任はお前がとれよ。

 源さん、近畿から東北のウインドプロファイラ(上空の風向き)データお願いします。

 あいよー!でも責任はお前がとれよ。

 みさきちゃん、お茶お願い!

 自分でやってよ。


 はぁ、もうやだなぁこの課。


 膨大なデータから弾き出されたのは、日本直撃という最悪のルートだった。
タケシは集中伝令室に座り両手で頭を抱えたまま、一つのボタンを見つめていた。
プラスチックで厳重に囲われた赤いボタンは、超大型台風直撃用ボタン、通称レッドボンバーと呼ばれている。
これを押せば全ての警報が一気に各地方気象台、各メディアへと飛ぶシステムになっている。
しかしその責任も重大で、ここ10年は使用されていない。

 おいおいタケシ、まさかお前、この段階でもうレッドボムいくのか、、。
進路変わったらクレームもはんぱねーぞ!

 タケシ、もうちょい待った方がいいって!
前回の中型も大幅に外しただろ、今度外したらお前、席なくなるぞ。

 はい、お茶(トン)。


 でも、もし進路がこの通りなら、たくさんの人が危険にさらされてしまう。
超大型台風の尾っぽはもう関東を叩き始めている。
半時計回りの回転が加わり、大陸の乾いた冷気を巻き込んで雲はさらに生い立つだろう。

 うおおおおーーーー!!

 極度の緊張状態で気でも触れたのか、タケシは叫びながら部屋を駆け出し、階段を上り、屋上へ飛び出してしまった。



台風課ラプソディー_e0071652_18253147.png




 地上18階、屋上はもう雲の直ぐ下といってよい。
叩き付けるような雨でよく見えないが、暗い空はまるで荒れ狂う海のように唸っている。

 うおおおおおーーーー!!

 タケシはもう、どうでもよい衝動に駆られていた。

 ばかやろぅーーばぁっははーー!!!

 おれ、こんなとこでなにやってんだ。。
もうこんなとこ辞めて地元に帰ろう。
どうにでもなれってんだ!!


 大きく開けた口奥に飛び込む雨水が、甘く喉を潤してゆく。
熱帯低気圧独特の甘い雨は、タケシの遠い記憶を呼び覚ましはじめた。

 小学生の頃、やはりこんな台風の日だった。
タケシを含む子ども達は暴風雨の帰り道、興奮状態となり、大いにおどけ、はしゃいだ。
壊れた傘を振り回したり、わざと水溜まりを進んだり、大きく口を開けて甘い雨を飲んでは笑った。
そう、仲間の一人が川から溢れ出た乱水に足をすくわれるまでは。
 中型と予報されていた台風は直前に超大型に姿を変え、とてつもない嵐となっていたのだ。
もし、あのとき早く警報が発令されていたら。
タケシは幼いながらに誓った。
皆を救える気象予報士になると。


 ずぶ濡れで台風課に戻ってきたタケシは、くすみもなく、深く澄んだ瞳をしていた。
そして集中伝令室に入り、プラスチックケースを叩き割り、思いっきりレッドボンバーを押した。

 バイーーン、、バイーーン、、バイーーン、、

 こんなに大げさじゃなくてもよいだろうといった発令音とともに、大きな掲示板には次々と赤いランプが点灯し、全警報が発令された。


 山さん、源さん、みさきちゃん、今すぐ一時間さかのぼってからの今後の進路を洗ってください!

 これでいい。
僕はこれでいいんだ。


 お茶を口に含んだタケシは、その熱さにやけどをしそうになった。
いつの間にかそれは、湯気立つ煎れたてに変わっていた。
by KeN-ArItA | 2013-10-15 18:41
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