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旧ありけん日記


2005年〜2022年5月まで、有田健太郎の日記、エッセイ、フォトギャラリーです
by KeN-ArItA

国立(前編)

 まだ夕方とも言えない遅めの午後、車内にいくつか残る空席も見つけることができたが、そこに収まるのも面倒に思えてドア際に立って景色を見ていた。
急に冷えてきたからだろう、窓には結露がプチプチとひしめき合い、光を集めて白くなっていた。
窓を擦ると流れ落ちる雫、その向こうの町並みは水の中の様に歪んできれいに見えた。
立川を発った中央線は、次の駅「国立(くにたち)」をアナウンスした。


 岩手の大学に入学して寮に入った僕は、すぐに仲間ができた。
親元を離れ自由になった僕らは、毎晩誰かしらの部屋に集まり、まだ飲めないお酒を知った風に飲んだり、タバコを吸ったり、ゲームをしたり、夢を語り合ったりした。
僕らはそんな生活を自由だと思った。

 夏休みに入ると仲間達はそれぞれの故郷に帰省し始めた。
実家が福岡と遠いにもかかわらず、ヒッチハイクで帰ると言い放った僕は、東北自動車道の矢巾サービスエリアにいた。
フェンスを乗り越えて侵入したのだ。
関東方面のトラックのナンバーを見つけては、勇気を出してその運転手に声をかけた。
しかし、なかなか頷いてくれない。
荷物はでっかいバックにエレキギターと傘。
それはきっと怪しかったに違いない。

 半日声をかけ回って全滅した僕は、さすがに現実の厳しさに直面して落ち込んだ。
その時、遠くで汽笛の音が聞こえた。
再びサービスエリアのフェンスを乗り越えてしばらく歩き、東北本線の矢巾駅から各駅停車で南下することにした。
 
 本気でヒッチハイクで福岡まで帰れると信じていた僕の所持金は1万5千円程度だった。
なんと世間知らずであまあまな学生であろうか。
 それでも戻ることはせず南下を続けながら、まだ帰省していない寮の仲間に電話して案を求めた。
すると、同じ寮仲間である山瀬の実家が東京にあるので、そこに電話してみろと助けをくれた。
 まだ携帯電話が普及しきってない時代。
公衆電話はテレホンカード荒っぽく吸い込み、やがて僕と山瀬を繋いだ。

 とりあえず国立駅まで来い。
22時過ぎ、青森から続く東北本線はその終着の上野駅に滑り込んだ。
山瀬の指示どうり乗り継ぎ、夜遅く国立駅に辿り着いた。
なんとかなるさと思いつつも心細かったのだろう、山瀬を見つけた時は安心感でどっと気が抜けた。


 山瀬は同学年ながらも3つ程年上だった。
一度社会に出て、それから考え直して学生になったらしい。
バーテンダーとして働いていた山瀬は、カクテルを作るのが上手だった。
寮では、よく何かしらカクテルを作ってもらった。
「カクテル」なんて響きは大人になったような気がして、お気に入りだった。
しかし、会話や波長はどちらかというと合う方ではなかった。
 
 山瀬は4人家族。
国立駅から裏路地をしばらく練り歩き、びっしりと詰め合った住宅街のひと角にその家は自然と収まっていた。
両親は、息子の突然で突拍子もない友人にもやさしく、予定のない自分は誘われるがまま数日泊まってゆくことになった。

 次の日、予定のある山瀬は妹に僕を預けて出かけて行った。
どこにゆけばいいものかをおばさんに聞いていた妹は、やがてドアを開けて、僕を東京の町に連れ出してくれた。
 高校一年生という、まだ幼さが残る山瀬の妹と並んで歩く。
なんだか照れくさかったが、少しずつ会話もできるようになっていった。
 午後には都庁の最上階で東京を見渡していた。
こんなにたくさんの人間がいるのか。
世界の大きさに圧倒されて、なんだか自分の夢や希望がちっぽけに思えた。
 その後もいろいろと案内してもらったが、よく覚えていない。
国立駅を降りて小路地の帰り道、だいぶん打ち解けた僕らの会話には、一抹の恋心も混ざっていたように思う。

 その夜は家族全員とともに行きつけの料理屋に連れて行ってもらい、カラオケにも行った。
家族でカラオケに行くなんて、自分の家では考えられなかった。
今でもよく覚えてるくらいにとても楽しい時間だった。

 結局三日後、山瀬にお金を借りて高速バスで無事帰省したのだった。



国立(前編)_e0071652_758374.jpg




 寮での生活は、門限さえ守れば咎める者もなく好き勝手なものだった。
ギターを弾いたりパチンコに行ったり、学校に行ってもレッスン棟でピアノを弾いたり。
やがてありがちな、授業そっちのけのダメ学生となった。
山瀬も似たようなもので、どこに行っているのか部屋を空けることが多くなった。

 1学年の終わりも近づいていたある冬の夜。
突然、ノックと同時に山瀬が部屋に飛び込んできた。
ごめん!この子を少しだけ預かっておいて。
そう言うと同時に部屋を飛び出していった山瀬。
再び元通り静かになったかに思えた僕の部屋だったが、知らない女の人がぺこりと頭を下げていた。

 僕らの寮は立派な作りで、22時の門限になると周囲に赤外線がが張られた。
それを切ると発報し、僕らがオヤジと呼んでいたおっかない管理人が懐中電灯を揺らしながらやってくるのである。
見つかれば次の日呼び出されて、主任なども含めて説教される。
1階だった僕らの窓は全開にならないようにビス止めしてあったが、僕らはドライバーでそれを外し、よく深夜に窓から抜け出してこっぴどく怒られたものだった。

 やがて廊下にオヤジの怒った声が響き始めた。
深夜の男子寮に女の子、これは誤解しない方がおかしいと言えるだろう。
なぜこのような爆弾が僕の部屋に持ち込まれたのか。
しかも、もう導火線に火がついてるようなものではないか。
僕は彼女にコーヒーを差し出した。

 全員、鍵を開けて部屋からでてこーい!

 オヤジの怒った声が廊下に響いた。
僕は音がしないようにそっとサムターンを回し、ドアに鍵をかけた。



続く、、
3/17(月)朝方更新




国立(前編)_e0071652_801277.jpg

by KeN-ArItA | 2014-03-13 08:01
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