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旧ありけん日記


2005年〜2022年5月まで、有田健太郎の日記、エッセイ、フォトギャラリーです
by KeN-ArItA

国立(後編)

 僕らがオヤジと呼んでいた管理人はクリスチャンで、人間味溢れる東北のおっちゃんだった。
僕がギターをかき鳴らせるように地下のポンプ室を貸してくれたり、お菓子をくれたり、個人的に部屋に遊びに行ったこともあった。
しかし、規則を破るととてもおっかないオヤジに変わった。

 まさに今がそうである。


 廊下に出てこない1人の存在に気づいたオヤジは、僕の部屋を力強くノックした。 

 隠れて、隠れて!
ダメ!ベットはダメ。

 出てこいという催促の声と、中で息をひそめる僕ら。
まるで警察と犯人が作る緊迫のワンシーンのようである。

 じゃらじゃらと鍵が鳴っている。
スペアキーだ。
ああ、入って来る、もうダメだ。
というか僕は犯人ではない。

 その時、山瀬が大きな声で僕の名を呼んだ。

 ごめんごめん!
すみませーん、この中にいる女の子、僕の友達なんです。
僕がかくまってくれるようにお願いしたんです。
もう出てきていいよー。

 その後、山瀬がどれだけ怒られたかは知らない。

 山瀬は、夜遅く東京からやってきた女の人を泊めてやろうと、寮の裏側から回って部屋に入った。
当然窓外の赤外線が切れるので管理室の警報は鳴る。
警報が鳴ってもそれが誰だかまでは分からない。
ところが、新雪の積もる寮の裏手には山瀬の部屋の前までしっかりと大小2つの足跡が残されていたのだ。
雪国を理解していない寮生のバカなミスであった。

 普段なら見回るだけのオヤジも、これには怒って山瀬の部屋へ向かった。
しかし、部屋には山瀬しかいない。
そこでオヤジは招集をかけたのである。
山瀬はちゃんと事情を説明してくれたようで、僕は怒られずにすんだ。

 

 自由だと思っていた生活も、慣れてくればそれは普通の生活になった。
毎晩集った寮仲間もそれぞれに社交がひろがり、集まることもあまりなくなった。
僕らは1年で寮を出てアパート暮らしをするのだが、その日、最近あまり見かけない山瀬がめずらしく部屋へやってきた。

 借金の保証人になってほしい。

 ほらきた。

 その時期、はやり始めた消費者金融とゆうものだった。
 
 山瀬は入り用の事情を早口で説明していたが、よく覚えていない。

 印鑑だけは押すな。保証人だけにはなるな。
保証人となって、大きな財産を失った祖母が実家を離れる僕に送った言葉を思い出していた。

 しかし、それにも関わらず印鑑を押したのは、これでヒッチハイク失敗事件(前編)のかりが返せると思ったからである。
なんとあまあまな学生達であったろうか。
数ヶ月後、僕は電話口で知らない男からの借金の返済を求められていた。


 そんな電話は山瀬にかけてくれ。

 あんた保証人でしょ、出ないんだよ、いくら電話かけても。

 僕は山瀬を探した。
しかし、いなければ、電話も出ない。

 やられちゃったね~、よくある話だよ。
まあ、いい、月々よろしくね!
金融会社の男は友達のような口調でしゃべるが、容赦はなかった。
祖母の言葉が頭をよぎった。
血は繋がり、因果応報、ため息は深かった。

 それでも僕がそれほど焦ってなかったのは、東京にある山瀬の実家を知っていたからである。
だけど、こういった事情を親切にしてもらった両親に知られたくなかった。

 電話すると、山瀬はあっさりそこに居た。
詫びる山瀬に疑心を感じてしまうのは、最近ずっと学校にも出ていなかったからだろう。

 2ヶ月後、金融屋からの催促が再び始まった。
今度は、実家に電話をかけても山瀬はおばさんからの取り次ぎに出ようとしなかった。
僕は金融屋に月賦を払った。
しかし催促は次から次へときた。

 ここ最近、よくかかってくる僕からの電話が事務的で緊迫していることを感じた山瀬のおばさんが、その理由を求めてきた。
僕はそれでも友達への何気ない電話を装った。
しかし、おばさんはおそらく気づいていたのだろう。

 ようやく山瀬が受話器を手にした日、僕の怒りは爆発した。
電話をとりついだばかりのおばさんに聞こえるように、寮中に響くような大きな声で吐き出した。
金融屋からの催促はその日を境になくなった。

 最後に会ったのはいつだろうか、山瀬はいつの間にか退学していた。



国立(後編)_e0071652_18574724.jpg




 あれから20年近く経つ。
高架で立派になった国立駅に昔の面影はない。
それでも国立駅を通過する時、今でも暖色に思い出すことがあるのだ。

 小路地を猫のように練り歩いて辿り着いた山瀬の家は、どこら辺だったろうか。
今でもこの街の、びっしりとひしめく家々の間に収まっているのだろうか。
両親は元気にしているだろうか。
妹は、お嫁にいって幸せに暮らしているだろうか。
山瀬は元気に生きているだろうか。

 お土産を持って再び遊びに行けると思っていた。
もっと仲良くなれると思っていた。


 人生とはそういうものさ。
この便利な言葉をよく使うようになった僕は、中央線のドア脇に立っている。

 なぜ、暖色なのか。
それはあの時、流れた幸せな時間が確かに存在して、僕の中のどこかに残っているからだろう。

 少しの笑みと深呼吸。
ホームにある『国立』の表示がヒョンと流れていった。




国立(後編)_e0071652_1931199.jpg
【世界はでっかい】
出会う人は一握り、出会わない人は幾千万の数。
あいつは一握りの一つ。



国立(後編)_e0071652_18572879.jpg
【春、やってきた】
三月も中頃、いよいよ春やね。
冬が厳しかっただけに、さあたくさん光を浴びよう!
by KeN-ArItA | 2014-03-17 07:38
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