高校の頃、英語の授業ではいつも英単語テストが行われた。
20問中16問以上正解しなければ、間違えた単語を20字ずつ書いて提出しなければならないという罰がある。
だから直前の休み時間は、みんな単語本とにらめっこだった。
僕は『がんばって覚えるより20字ずつ書いた方が楽』という極論に達していたため、もっぱら皆の邪魔をすることに専念していた。
その日も「昨日テレビ見た?」とか、「ヘイ、パース!(ボール)」などフラフラと教室を浮遊していた僕は、香代子の席へ行き「お前、今更がんばったっていっしょたい!」と頭をはたいた(軽くよ)。
しかし仲のよい香代子だと思って頭をはたいたのは、同じクラスながら話したこともない坂上さんだった。
ひどい話である。
坂上さんは、落ち着きなくいつも浮遊している僕と違っておとなしい子。
席替えしてすぐだったし、髪型が香代子と似ていたため間違えられたのだ。
今まで一度も話したことないクラスメイトにいきなり頭をはたかれ、「お前、今更がんばったっていっしょたい!」と言われた坂上さんは、真っすぐに僕を見上げて言った。
「だって覚えないと不合格になるでしょ?」
彼女と話したのは、おそらくこの一回きりだったと思う。
卒業して12年が経ち久しぶりに福岡へ帰省した僕は、海へ向かう西戸崎線に乗っていた。
さっきから気になっているのは、斜め向こうに座っている女性が坂上さんではないかということ。
静かな面影はそのまま、うんと綺麗になっていらっしゃる。
声をかけようと思ったが、劇的な思い出が一つあるだけで声をかけた後に話す内容がないことに気づいた。
やっぱりやめよう。
いやいや、同じクラスだったんだ。話す内容なんて関係ないよ、声をかけよう。
でもなぁ、やっぱり、、。
いっそ、いきなり頭をはたいて「今更がんばったっていっしょたい!」と言ってみようか。
そうこうしているうちに彼女は降りてしまった。
【海ノ中道】
やがて右手の車窓にちらほら砂丘と海が見えはじめた。
「だって覚えないと不合格になるでしょ?」か…。
その通りだ。僕はいつも不合格だらけだった。
海辺の沿線にはチロチロと、たくさんのひなげしが咲いていた。
地味だけどすーっと伸びていて、パッと咲いて綺麗なんだ。
【旧西鉄香椎駅】
【ヒナゲシの花】
2006年 03月 12日 ありけん日記より