部活を終えて列車を乗り継ぎ、自転車に乗って家に着く頃は20時を過ぎていた。
駅から家まで、大好きなカセットテープを聴きながら自転車をこぐ時間が好きだった。
路地を抜けて街道を渡り、田園を突っ切っり、そして最後の砦となる急な坂の路地にさしかかる。
坂は急だったので押して歩きたいのだが、立ちこぎして一気に駆け抜けるのには理由があった。
車は通るのがやっとといった細く曲がった坂道。
その中盤にさしかかると、犬がけたたましく吠えかかってきた。
犬小屋は道路のすぐ脇、1m高さの塀の上にあった。
音楽を聴きながらいろんな想像をしながら帰って来てもここで一気に覚めてしまう。
田舎町の夜、いきなり過ぎるその吠えはどこまでも響いて嫌だった。
茶色とも灰色ともつかない雑種犬。
一度、勇気を出して睨んでやったことがあったが逆効果、犬はますます吠えてきた。
高校に入学してこの道を通るようになってから毎日毎日、もう日常になっていた。
気づいてはいたが犬はいつもしっぽを振っていた。
しっぽを振っている犬は嬉しい気持ちなのだという話は知っていたが、この犬の場合どう見ても怒ってるとしか見えない。
2年が過ぎようとしたある日、どういった心持ちだったのか自ら吠えかける犬に近づいてみた。
すると犬は驚いたように後ずさり、ますます吠えてきた。
その日の僕は負けなかった。
短く口笛を鳴らしながら、届かぬ程度に手を出してみた。
すると、吠えるのをやめた犬は少し横を向きながらフンフンと近づいてきた。
次の日から、長い坂を立ちこぎして一気に駆け抜けることはなくなった。
自分の押す自転車の音が近づいてくると、ちゃりりと鎖が鳴り犬が小屋から出て来る音が聞こえた。
もう吠えてくることはなくなった。
少し離れたところにある街灯の明かりが、僕らの黒い目の輝きだけを浮かび上がらせていた。
頭や喉、足の方などをワシワシと撫でて、犬はフンフンと鼻を鳴らし僕の手を舐めた。
コトコトと生きている温もりが伝わってきて、やがてそのふれあいは僕らの日課となった。
ある昼、僕はその家のおばさんに挨拶して犬を散歩に連れていった。
野道を下り、あぜ道を渡り、池まで行った。
僕らは友達のようだった。
高校を出て予備校に通いはじめた自分の生活は、波だっていった。
帰る時間も遅くなり、徐々に犬小屋に立ち寄って数分を過ごすのが面倒に思える日が増えてきた。
そんな時、自転車を立ちこぎして一気に犬小屋を駆け抜けた。
通り過ぎざま、音を感じた犬がちゃりりと鎖を鳴らし犬小屋から出て来る音がした。
僕は振り向くことができずそのまま一気に急な坂を駆け上った。
やがて少しずつ、立ち寄ることはなくなっていった。
犬と出会ってから4年目、僕は福岡を旅立つことになった。
その日は長いことワシワシと撫でた。
犬もうんと大人になっているのを感じた。
コトコトコトコト、温かく優しかった。
1年に1度程帰省した。
バスを降りてその坂道にさしかかったとき、犬のことを思い出して少しばかり不安になった。
犬はちゃんと覚えていてくれた。
時は今、福岡に来ている。
実家の近所に住む甥と姪を連れて散歩に出た。
里山へ向かおうと坂道を上りはじめた。
今では坂道の家も立派に建て変わり、犬小屋などない。
僕は思い出していた。
ちゃりり、、ほら聞こえた。
コトコト温かい生き物の鼓動。
時々、僕の中で生き返る。
それはあの犬が生きた証。
ありがとう。
【季節のバトンタッチ】
薔薇の季節。